2013年5月5日日曜日

靖国神社/成り立ちと本質。A級戦犯の合祀と相次ぐ閣僚の参拝の訳。

Newsweek日本版の冷泉彰彦氏のコラム記事「プリンストン発 新潮流アメリカ」に次のような記事が載りました。

2013年04月25日(木)19時12分
日米関係まで揺らぐ危険、靖国問題に落とし所はあるのか?

この著者は、普段から論理的な思考と鋭い目の付け所を評価しているので期待して読みました。

そこに書かれた記事で、特に目を引いた下りは次の部分です。
 その後、こうした戦没者の「招魂」のために東京招魂社という神社が設立されて、それが靖国神社に改組されていくのですが、ある意味で「上野の招魂祭」というのはそのルーツだと言えると思います。問題は、この東京招魂社から靖国神社へという動きの中で、大村益次郎や山県有朋などの「長州出身者」の思いが過度に投影されていったということです。
 それが、現在に至る靖国の「黒船来航以来の維新受難者は合祀」するが「朝敵」つまり明治政府軍に敵対した人間は合祀しないという「頑固な」姿勢につながっているのではないか、そのように見ることが可能です。例えば、今年の大河ドラマ『八重の桜』で注目されている会津藩の人々については、鳥羽伏見での戦没者にしても、会津戦争の戦没者にしても「合祀されていない」のです。
 また、同じように「朝敵」となった西南戦争における西郷軍の戦没者も同様です。反対に、長州勢が禁裏に発砲した「蛤御門の変」での長州の戦没者は合祀されています。(この蛤御門での死者についてのみ、会津側の死者も合祀されているのは、朝廷を守ったという大義名分があるからのようです)要するに「長州の視点による歴史観」が濃厚に投影されているのが靖国だということが指摘できるのです。

この事を知らなかったのは、私の全く不明の致すところとしか言えません。

ちなみに、靖国神社のサイトには、非常にぼかした形でしか書いてありません。

しかし、そうした大変革は、一方において国内に避けることのできない不幸な戦い(戊辰戦争)を生み、近代国家建設のために尽力した多くの同士の尊い命が失われる結果となりました。そこで明治天皇は明治2年6月、国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊を慰めるために、東京九段のこの地に「招魂社」を創建したのです。この招魂社が今日の靖国神社の前身で、明治12年(1879)6月4日には社号が「靖国神社」と改められ別格官幣社に列せられました。
靖国神社には、戊辰戦争やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争といった国内の戦いで、近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して国家防衛のために亡くなられた方々の神霊が祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。
靖国神社に祀られているのは軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々などの神霊も祀られています(参考資料)。

というか、これを読んでも祀られなかった人々の事など分かりません。

Wikipediaには、Wikipedia>靖国神社>祭神の内訳 として、表になっています。
これを見ると、確かに冷泉彰彦氏の言葉通りになっています。


これらの事から分かる事は、
1.靖国神社は、明治以後に作られた歴史のまだ浅い神社であり、その成立には明治維新時の長州藩の意向が大きく反映された。
2.そのため、明治維新時の戦没者であっても、「朝敵」とされた人々(旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者)は祀られていない。
3.第二次世界大戦でも、「大日本帝国」のために死んだ人は合祀されている。

結局のところ、明治維新以後の「天皇親政」による維新政府のために戦い亡くなった人達を祀っているのです。
今年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」でこれから描かれる、会津藩の人々を守って戦った白虎隊士も祀られてはいないのです。この事をNHKがドラマの中で放映し、それに対して多くの人の意見が寄せられると現状が変わる一石になるかもしれません。

結局のところ、終戦後、靖国神社がGHQに焼き払われそうになった時のローマ教皇庁代表のビッテル神父の言葉、
「靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるというなら、排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。我々は、信仰の自由が完全に認められ、神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊をまつられるようにすることを、進言するものである」
にもかかわらず、「国家のために死んだもの」というより当時の「国体(当時は旧字体)」=「天皇が統治する国家体制」のために死んだものの霊を祀っていると言うのが現実でしょう。

だからこそ、極東裁判で裁かれて亡くなったものは、それがA級戦犯やB級戦犯であろうと、「国体護持」のために戦ったものとして祀られており、分詞の話が何度出てこようともすべて立ち消えになるわけです。

何より分かりやすいのは、この事です。
戦後に殉職した自衛官海上保安官、政府職員等に関しては祀られていない(ただし、護国神社では相殿に祀っている所もある)。

日本のために亡くなった英霊に、なぜ彼らが含まれないのか?
要するに、戦後体制は無視なのです。

靖国神社に参拝する国会議員は、まさに「天皇が統治する国家体制」のために亡くなったもののために献花をし弔うのです。

「国際的にも当たり前のこと」 安倍首相、靖国参拝に意欲 (2013/4/10)

そして、靖国神社に参拝を行う議員と、改憲に前のめりな議員がどれだけ一致しているかを考えてください。

彼らが、『戦争の為に無くなったかた』の霊に参拝するのであれば、「千鳥ケ淵戦没者墓苑」の方がどれだけふさわしいことでしょう。

首相や閣僚・議員たちが、靖国神社でどのような気持ちで参拝しているのかの本音を聞き出したいものです。