2012年7月27日金曜日

福島第1原発・吉田前所長のインタビュービデオの疑惑

福島第1原発の吉田前所長、部下は「地獄の中の菩薩」…復興テーマのシンポジウムにビデオ出演
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20120724-OHT1T00229.htm


東京電力福島第1原発事故で収束作業の陣頭指揮を執り、食道がん療養のため昨年12月に退任した吉田昌郎前所長(57)が、復興をテーマに福島市で来月開かれる出版社主催のシンポジウムに、ビデオ出演することが24日分かった。
約30分にわたるビデオ映像で、吉田氏は危険を顧みず行動する部下たちを「地獄の中の菩薩」と感謝の念に堪えなかったことや、「原子炉の冷却作業をする人間は撤退できない」と死を覚悟していたことなどを生々しく明かしている。
吉田氏が事故直後の現場指揮官としての心情を一般に向けて詳しく語るのは初めて。

との記事が発表されました。非常に興味のあるビデオだと思いますが、「国会事故調でも非公開で行われたものが、なぜ民間の講演会で?」と言う疑問がわきました。"昨年12月、所長を退任し、現在は執行役員、原子力・立地本部付"の身分の吉田前所長は、現在も東京電力の社員です。簡単にインタビューのビデオが撮れるはずもありません。
上記の記事の内容では次の様になっています。
シンポジウムは長野県小布施町の出版社「文屋」の主催で、8月11日に開かれる。吉田氏が療養中のため今月11日に東京都内のホテルでビデオを収録。原発の事故処理を指揮する東電幹部のメンタルケアをし、吉田氏と親交のある人材コンサルタント薮原秀樹氏と対談する形で行われた。

「原発の事故処理を指揮する東電幹部のメンタルケアをし、吉田氏と親交のある人材コンサルタント薮原秀樹氏と対談する形」のビデオなのだそうです。しかし、”吉田氏と親交のある人材コンサルタント薮原秀樹氏”とは何者なのでしょうか?

この講演会の開催は、2012年6月18日に下記ブログにて公表されていました。

文屋 e-田園ネット

2012年6月18日
8月11日(土) 夏の文屋座in福島 やぶちゃん渾身の講演会です。 
投稿者: きのしたゆたか
8月11日(土)13時30分から、福島市のJR福島駅に近い福島テルサホールで、夏の文屋座in福島を開きます。『わもん~聞けば叶う』(文屋)の著者で「聞く匠」のやぶちゃんこと薮原秀樹さんの講演会と、3人による語り合いの2部構成です。
やぶちゃんは昨年の3.11大震災と原発事故の直後から、この星のなかで最も過酷な環境にある福島県の、とくに福一(東電福島第一原発)に思いを寄せ てきました。特別な許諾のもと、昨秋以降毎月1回、1泊2日で福一の免震棟に入り、吉田昌郎所長(当時)をはじめ所員のみなさんと面談。心の底の声なき声 を聞き受ける「わもん」によって、現場で命がけの作業に当たる人たちの心を支え続けています。本人は多くを語りませんが、だれからも報酬を受け取らず、旅費交通費もすべて自腹です。なぜ、そこまでするのでしょうか?
吉田前所長が病気療養中の現在、「首都壊滅の危機をくい止めた」と評される、事故当時から数ヶ月間の現場の様子を、総合的にいちばん知る人物といっても過言ではありません。そのやぶちゃんが、初めて、おおやけに、現場の証言録をもとに語るのが、今回の文屋座です。世界中から注目を集めることでしょう。
この案内によると、薮原秀樹氏は2011年秋以降、ジャーナリストも自由に取材できない福島第一原発の作業現場の中枢部である免震棟に、”特別な許諾”のもと、毎月一回、一泊二日の日程で定期的に入り、吉田所長(当時)をはじめ所員の方々と面談し、「わもん」によって心を支えてきたというのです。

 人材コンサルタントの薮原秀樹氏は、吉田所長(当時)と親交があったから、”特別な許諾”によってこのような行動が出来たのでしょうか?

薮原秀樹氏は、1963年、徳島に生まれる、大阪府在住。株式会社わもん代表です。
株式会社わもん>企業情報 >薮原秀樹プロフィール

現在は、人材コンサルタント業がメインのようですが、以前は、健康関連商品の卸、小売、企画品製造を行われてたようです。

人間の鮮度を保ち、血液の循環をよくする光電子繊維『じゅんかん毛布』
2001年9月26日報道関係者各位
株式会社しんけん
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人間の鮮度を保ち、血液の循環をよくする光電子繊維『じゅんかん毛布』
平成13年11月1日 新発売決定!
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健康関連商品の卸、小売、企画をする株式会社しんけん(大阪市阿倍野区、代表取締役:薮原秀樹/URL http://www.jo-nets.com/ )は、平成13年11月1日に新製品『じゅんかん毛布』の販売を開始します。
販売に先立ち、下記リリースをお送りいたしますので、ご査収くださるようお願いいたします。
「この商品だけは自信を持って人様に紹介できる」と某一部上場企業の社長様からも絶賛を受け、商品開発にあたり出資もいただきました。通常の世間相場では、5~10万円ぐらいの値段が付く商品ですが、少しでも安くご提供し、多くの皆様にご愛用いただきたく願い、弊社の利益を極限まで抑えました。

希望小売価格:¥16,800(1枚)

【株式会社しんけんについて】
創業:平成7年3月
資本金:1500万円
資本金は有志60数名の出資による非同族企業
代表取締役 薮原秀樹
年商:1億円(平成13年4月決算)
業種:健康関連商品の卸、小売、企画品製造
主たる取引先:東急ハンズ全店、イエローハット、サッポロエージェンシー
その他小売店舗等への卸
インターネットによるオンラインショッピング(小売)
【報道関係者様お問い合わせ先】
<株式会社しんけん広報代理>
専務取締役 井場元 伸幸(いばもと のぶゆき)
大阪市阿倍野区昭和町5-2-6-40B
Tel:06-6625-5411 FAX06-6625-1145
mail: info@jo-nets.com
2012年7月27日現在でもこの商品は売られていますが、株式会社しんけんの責任者・代表取締役社長は、上記の記事にて専務取締役であった井場元伸幸氏が務めています。

さて、これだけでは東電の吉田前所長との繋がりは全くわかりません。人事コンサルタントとしての彼の経歴はどうでしょうか?
次のブログに、その経歴の一端が伺われます。

吉村外喜雄のなんだかんだ
■爪楊枝作戦
埼玉県知事選は、元衆議院議員上田氏が、無党派層を取り込んで当選した。
そこで思い起こされるのが、一昨年の春の横浜市長選挙、「中田ひろし」候補の奇跡の勝利です。四期目の自民系現職市長に、資金なし、 組織なしで挑み、四十四万八千票、わずか二万一千票の差で当選した。
その時の選挙参謀が「藪ちゃん」こと「薮原秀樹」。その藪ちゃんがJR横浜駅に降り立って、 わずか一ヶ月の選挙運動期間に採った戦略が”爪楊枝作戦” イエローハットの鍵山秀三郎氏の言葉、 「箸よく盆水をまわす」がヒントになっている。
投稿者: 吉村 日時: 2003年09月02日 06:58
つまり、2002年の横浜市長選挙で、"「中田ひろし」候補の選挙参謀"だったようです。
しかし、選挙コンサルタントと東京電力の幹部とでは、ずいぶん世界が違う気がします。


さて、これを解くには薮原秀樹氏本人のブログが役に立ちそうです。

ヤブログ 株式会社わもん代表 薮原秀樹のブログ
ここに、大きく記事が載っています。

部下は「地獄の中の菩薩」 吉田前所長が心情語る
投稿日: 2012年7月24日 17:50 | 復興わもん

吉田昌郎氏( 福島第一原発前所長) 独占インタビュー映像世界初上映決定!
投稿日: 2012年7月27日 00:00 | やぶちゃんの言葉

原発事故の終息なしに、福島の復興も日本の未来もありません。

 このビデオの中で、いろんな人づてを使い”ある方”と繋がったのが2011年の8月だったという事です。彼のブログの中から、”ある方”とはいったい誰なのか判るでしょうか?

ヤブログ放送室 『野田佳彦さんとの出逢い』
投稿日: 2010年2月10日 00:00 | 2010年2月放送分


ヤブログ放送室 『野田佳彦さんとの出逢い Part2』
投稿日: 2010年3月31日 00:00

ヤブログ放送室超特別番外編!『野田佳彦さんにインタビュー!』
投稿日: 2010年4月 7日 00:00 | 2010年4月放送分

この3つの記事で、薮原秀樹氏は野田佳彦氏との親交を語っています。

 薮原秀樹氏は、平成9年(1997年)鍵山秀三郎氏・イエローハット相談役から横尾俊彦氏の佐賀県多久市市長選挙の応援を頼まれました。この時に繋がったのが野田佳彦氏です。イエローハットは株式会社しんけんの主な取引先の一つに名前が挙がっています。
横尾俊彦氏は、財団法人松下政経塾に第1期生として入塾する。同期生には逢沢一郎、小野晋也、野田佳彦、岡田邦彦らがいる。1992年、野田佳彦、長浜博行、山田宏、樽床伸二、前原誠司、中田宏らと共に日本新党への立ち上げに参画する。(Wikipediaより)
「中田ひろし」横浜市長候補との繋がりも、これを契機に出来ていったのでしょうか。また『野田佳彦さんとの出逢い Part2』の最後にて、野田佳彦氏の復活選挙にふれられています。これは、この野田佳彦氏のこの選挙の事でしょう。
2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙では、民主党公認で千葉4区から出馬して当選した。4年ぶりに国政復帰を果たした。(Wikipediaより)
これらの記事から、薮原秀樹氏と野田佳彦氏の深い繋がりが判ります。
「”ある方”と繋がったのが2011年の8月」とは、菅前首相の退陣表明を受けて民主党代表選挙が行われた月になります。ここで民主党代表選挙を勝ち抜いた野田佳彦氏は、民主党党首になり、第95代内閣総理大臣となります。
現在の野田佳彦首相の誕生です。

これから、薮原秀樹氏が、”特別な許諾”のもと福島第一原発の免震棟に出入りでき、東京電力の吉田所長(当時)と話し、吉田前所長とのインタビュービデオ映像を配信できる背景が解ります。
ビデオ映像には英語訳のテロップも添えられ、薮原氏による「聞くことで支える『福島完全安全宣言』」と題した講演の後上映される。
との事ですが、薮原氏による「聞くことで支える『福島完全安全宣言』」と題した講演”の内容が、大変気になるところです。

(追加)
3.11以来、福島第一の状況に心を寄せてきたと語る薮原秀樹氏。
彼のブログの2011年3月の記事。
福島第一原発事故はおろか、東日本大震災に関しても全く記述がなく、それまで通りの「わもん」と「マラソン」に関する記事しか載っていませんでした。

http://yablog.jp/2011/03/index_5.html
なんなんでしょうねぇ?